首が治ったら、こういう山村を巡るパスハンター的なサイクリングしたいなぁ。

そしてそれをもとに、ニローネの近くで将来半自給自足生活をするならどんな場所でどう準備したらいいのかを考えていこうかな。

 

 

NHK甲府放送局、山岳カメラマンの米山悟です。 車で山奥の景勝地や登山口に向かう…
ニローネへの移転を考えていたとき、単に経営的経済的合理性から、数字の面でも移転したほうがいい、という結論には至ったのですが、そもそも移転にあたってのおおもとは、「将来現在の資本主義のカタチが壊れても、続く会社にしたい」というのがあったんです。

安全な土地があって、近くに水場があれば、あとは意外と何とかなるだろう。

ただ、自分たちと家族が自給自足しようと思うと、ものすごく広大な田畑が必要で、それはどうしたらいいんだろう、って、疑問に思ってました。

 

 

でも最近、網野善彦さんの日本の歴史についての本を何冊か読みまして、日本は縄文時代から交易と分業をベースに生活していたことや、中世初期には資本主義経済のベースになるような手形のやりとりや税金の運用もされていて、そもそも米の自給自足をベースにした農本主義社会ではない、というのを読んで、これまでボヤーっとイメージはしていても、何か自給自足の生活って現実的でないように感じていた背景がわかって、安心しました。

 

産業革命以前の世の中でも、必要十分な経済活動はできていて、ほとんどの庶民は、はなっから農作物のみでの自給自足なんてしていなくて、総合的に生きていけるだけの「価値を自給自足」していたんだな、と。(蛇足ですが、現代みたいに富の偏り方がめちゃくちゃすごくて、突出したお金持ちが少ない分、近世まではみんながそこそこに暮らしやすくてそこそこに不便な形で、平準化されていたように思います。そこらへんは書き出すと冗長になるのでまた別の機会に。)

 

 

そうすると、ニローネを拠点とすれば、将来何があっても自分たちが自給自足できるだけの価値を生むことは、難しくない気がします。

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