2011/10/14
イキナリで恐縮ですがーー。 皆さん、いまお手持ちのゴルフ2がとてもいい状態であるなら、なるべくその良好さを保つようにしましょう。 そのゴルフ2、いまはあなたが一時的に預かっているだけだと考えましょう。 ゴルフ2は一種の文化遺産。 文化遺産は大切に後世に残していくものであって、あなたはそのひとりの担い手。 次のオーナーのために、ちゃんと稼働させつつ大事にしていきましょう。

オグラがこの“ニナルハズ物語”を展開するのは、実はこういったことをいいたいからだ。 ゴルフ2でヤングクラシックスを実践するということは、いいかえれば、ゴルフ2という文化遺産を大切にしていくということになる。 ここが重要なポイント。

ゴルフ2をちゃんと稼働させつつ大事にしていくにあたって、どうしても気になってくるのは、見栄えだろう。 ボディカラーが経年変化でぼけていたりするのは、まあ仕方がない。 しかし、凹みやキズがそのままになっていて、錆が出ていたりするのはいただけない。 旧いクルマだからといって、汚れたままでも、見苦しいままでもいいということはない。 旧いクルマだからこそ、こざっぱりときれいにしておきたい。 それが、旧いクルマを所有し、乗ることに意義を見いだすオーナー氏の心意気というものだ。

しかし、そうしたくとも、なかなかそうできない部分もある。 室内、である。 なかでも、ゴルフ2の場合、一番ツライのは、ダッシュボード上面のひび割れ。 フロントウインドーを通して外からも丸見え。 どうしたって、カッコ悪いと思ってしまうし、なんとかしたいと考えるようになる。 されど、ひび割れそのものを修理する方法はいまのところなく、ダッシュボードそのものを交換する以外に手はない。

ダッシュボードが割れてしまう理由としてはいろいろいわれている。 ダッシュそのものは、チップボードのような一体成型の構造材に、シボをつけた樹脂系の表皮を貼り付けたものといえばいいだろうか。 その樹脂系の表皮が、室内温度の上下動による膨張と収縮が繰り返されることで、割れが生じてしまうとされる。 紫外線の影響ともいわれる。 なぜか、室内に水を溜めてしまったクルマのダッシュに割れが生じている例が多いが、それは室内が多湿になると、構造材と表皮の膨張と収縮に差が出て、より表皮が割れやすくなるということを意味するのだろうか。

悲しいかな、この黒のGTIのダッシュボードにもひび割れはあった。 このダッシュ、部品そのものを入手するのが困難、なおかつ交換工賃がかなり高い。 が、幸いにしてこの“ニナルハズ物語”は、サポーテッド・バイ・スピニングガレージ。 部品の供給とその交換作業の無償提供が受けられることになったのである。 作業者は、“マイケル”こと中西弘章さん。

ダッシュボード脱着の作業は、なにしろ根気がいる。 スイッチ類、メーター、オーディオ、空調レバーパネル……。 ともあれ、外さなければならない部品が山ほどある。 ネジ、ボルト、ナットの数は、それこそ数え切れない。 それに、はめ込み式になっている部品も少なくなく、それを外すには、要領といったものが必要だ。 幾度かの経験がなければ、時間がかかってしようがない作業といえるだろう。 それを、意外や意外、マイケルさんは楽しそうにチャッチャッとやっつけていくのである。

中西さんに対する素朴な疑問は、まず、なぜニックネームがマイケル(さん付けは妙なので、やめる)なのか、である。 ボートを漕ぐのがうまいからかと思ったが、どうやら、ムーンウォークがうまいかららしい(?)。 もっとも、スピニングガレージ内では名字で呼ばれることがないのには合理的な理由がある。 それはスピニングガレージにはもうひとり、中西さんがいるからで、名字で呼んでしまうと、ふたりが同時に返事することになるからだ。 判別がしづらい。 だから、ニックネームで呼ぶ。 もうひとりの中西さんとは、中西洋一さん。 洋一さんは鉄道好きであることから、ニックネームは“てっちゃん”である。

マイケルの作業で特徴的なのは、工具にラチェットを多用すること。 ボルトやナットを緩める、締めるといった作業は、ラチェットが大活躍する。 実際、ラチェットの使い方はとてもうまく、ラチェットで回される側のエクステンションにはブレがない。 つまり、軸が安定していて、回されるボルトやナットはボックスにきちんと正対しているということで、無理なく、無駄なく回されているということになる。 そして、そのラチェットが刻む音は、リズム感に溢れ、聞いていて心地よい。 まるで、料理人が包丁でキャベツを刻んでいるような、そんな雰囲気。

そう、驚くなかれ、マイケルは元調理師さんだ。 それも、イタリアンのシェフ。 聞けば、ご実家はラーメン屋さん。 中華なら家で修行できるからと、調理師学校に行ってワザワザ違う分野を選択したという。 卒業後は、高級レストランの厨房に入るものの、友達が来ても奢ってあげられないほどの値段の高さに疑問を持ち、そこをやめ、今度は自分で店を始める。 ひとりで切り盛りしたその店は、大いに繁盛したが、今度は身体が持たず、結局閉めてしまうことに。 次に、仲間と小さなカフェレストランを開業するが、ここでも体調を崩してしまい、静養に入ることを決める。 スピニングでバイトをするようになったのは、この頃から。 メカが基本だが、セールスもアシストするという。

元々、ゴルフは愛犬との生活をより豊かにと、ともに移動するための道具として買ったそうだ。 しかし、その奥深い魅力に惚れ込んでしまったマイケルは、スピニングに通いつめて、ついにはそこで働くようになってしまう。 客がいつのまにか従業員になってしまったという例。 なにを隠そう、同じ中西という名のてっちゃんもそうだから、ゴルフ2には、人の人生までも変えてしまうような魔力があるということだろうか。

マイケルは、オグラが考えるに、“癒し系メカ&セールス”である。 その作業、お客様との接し方を見ていると、なぜかホスピタリティという言葉が浮かんでくる。 相手(お客様)の立場に立ってのトーク、メカの時の優しい手の動かし方は、マイケルの、なんといえばいいだろうか、情の深さといったものを感じさせるのだ。 最終モデルでも、もうおよそ20年前のクルマとなるゴルフ2を販売していく上で、メンテナンスしていく上で、これは非常に重要なことだと思う。

聞きかじった話だが、料理はそれを食べる人のことを想像して作るものとされる。 そうしてみると、調理の世界で長い経験を持つマイケルは自動車整備という分野にあって、オーナーのことを深く考えた、味といった領域の、微妙なチューニングができそうな気がする。 今後に期待してしまう。

ダッシュボードを外すと、ほぼセンターに位置する空調のためのボックスが現れる。 もちろん、中の空調フラップも見えて、それがちゃんと機能を果たしているかも一目瞭然。 この黒のGTI場合は、フラップがウレタンで覆われていた様子はまるでうかがわれず、穴の開いた鉄板があるのみ。 マイケルが、アルミテープを使ってその穴を塞いだのはいうまでもない。 これで空調も万全のはず……。

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