ある夏の暑い夜。東京・目黒区にある和食レストラン『ボブ東京』で、男が二人少し偏った熱い話をしていた。
二人は、かみ合っていない様でかみ合っていて、でもどこか磁石のプラスとプラスの様でもあった。二人から発せられる言葉は、時代を皮肉りつつも、その先にぼんやりと見えている光を語っていた。

田中延和(SG)
74年生まれ。VWゴルフ2に特化した、中古車修理販売店スピニングガレージ店長。
車だけに留まらず、バイク、自転車と乗り物好きは、多岐に亘る。気の良いスタッフと共に、今日も大好きなゴルフ2に囲まれている。

愛車 ABT・ムラサキ号・バイク・チャリ

東京スキーヤー(TS)

73年生まれ。 スキーを愛して止まない、少年の心を持った大人。スキーの普及、発展に力を注ぐ。その目はすでに遠い雪山を見つめていた。

愛車 ゴルフカントリー

< PM 7:52 >

■TS ゴルフ2の良さって、どこですかね?

■SG 乗った感じが、人間と機械が近い感じで楽しい所ですかね。

■TS たしかに、速度感が人間に近いんですよね。ああ、今100キロでてるなとか、100キロって実はすごいスピードだよなとか、凄く近い。

■SG それが意外と他の車にはないんですよね。本来乗り物って、人間の手足とか、そういう人間の運動性能の延長線上にあって、掛け離れたレベルでも、ずっと先にあるのがわかると繋がるんじゃないのかな。それが今の車は、繋がっていない感じがする。そこの面白さが分断されてないのが、いいのかなって思うんですよね。

■TS ちょっとずつズレているんですよね。その延長線上から。

■SG ズレているのか、ブレているのか、ぼやけているのか、わからないですけど、そんな感じはしますよね。

■TS 最近は、車に求められているものが、少し多い気がしますね。

■SG コストとか、利便性もそうですし。まあ、車に限った事でもないんだろうけど、その物の本質と少し違った面が、重要とされすぎている。

■TS 僕、70年代のスキーのポスターが好きで、当時の苗場スキー場のポスターが、凄いかっこいいんですよ。そのポスターって、ストイックなまでにシンプルなポスターで、写真とマークしかないシンプルさ。この写真、札幌オリンピックのポスターですけど、同じデザイナーなんですよ。

■SG これは、もう本当にスポーツですね。

■TS ええ。子供の頃に、プリンスホテルに連れて行ってもらった時、館内にそのポスターがあって、素敵な滑りの写真と、『4キロのダウンヒルコース苗場』って文字。
ほとんどそれしかないんですよ。凄くシンプルでかっこよくって、それを今でも強烈に覚えています。今のスキー場のポスターって、いろんな事が書いてあって、リフトは何本、練馬から何分ですとか、関連スキー場の名前とかまで色々あったり。

■SG マーケットが進化しすぎると、なんか伝えたいことが分散されすぎる。

■TS そう。さっきの話と同じで、今は、スキー場に求められることが多いんですよ。

■SG 本当は、無くてもいい物も多いんですけどね。

■TS もちろん時代も違いますけど、それにしても、やっぱり本質的なスポーツとしての良い部分ってのが、ポスターにも現れていたんですよ。今は、余計なものが色々と求められすぎていて、本当の良さがちょっと見えないと言うか。

■SG スキーをする事の、本質的価値とは?、みたいなところが伝わってくると違うのかもしれないですね。

■TS ゴルフ2の最終型から、今のゴルフ6へ、その間に変わったものと、変わってないものってあるじゃないですか。

■SG 多分ありますね。

■TS でも、だいぶズレた所もあったり。

■SG あるんじゃないかなあ。

■TS 逆に、戻ってきたりした部分も、あるんじゃないんですかね。

■SG それもあると思いますね。でも、そういうのって紆余曲折あるんだと思うんです。

■TS でも、実はゴルフ2をベースに、皆考えていたりするのかもしれませんね。

■SG だったら面白いですよね。いまだに、コンパクトカーのお手本みたいな感じで言われますからね。

■TS 嬉しい事ですね。

■SG でも、常に最新の車が最良なんだって言う人もいますしね。必ず進化している。退化はしない。でも、進化の方向性が違っていれば、ガラパゴスですからね。

■TS なるほどね。スキーでは、凄い進化があったんですよ。カービングスキーって聞いた事あると思うんですけど。

■SG よく曲がるスキーですよね。

■TS まあ普通のスキーなんですけどね。ゴルフ2とゴルフ4の違いぐらいかな。

■SG あ、そうなんですか?

■TS 昔のスキーって板が真直ぐだったんで、操作が難しかったんですよ。スキーって抵抗で曲がるんで、直滑降してる以上曲がらないじゃないですか。足首を捻るとか、大腿部を捻るとかっていうことで、進行方向に対して、迎え角をつくる。そうすることで、抵抗が生まれて、その結果スキーって曲がれるんです。

■SG 車の外足加重と同じ理屈ですよね。

■TS そうですね。っで、カービングスキーは、前後が太くなっているから、ちょっと身体を倒してやるとトップがすぐ抵抗をすぐ拾うんです。

■SG それって直進性が悪いことになるとか?

■TS ええ。カービングスキーって、昔のスキーにくらべて直進性が悪いんですよ。だから直滑降して、足とられて転ぶ人も結構いますよ。ただ、曲がりやすいからスキーがしやすくなった。

■SG 前後の面積が変わるから、抵抗差が出やすいっていうことですよね。4WSみたいなことですよね。

■TS そうですね。この技術革新が95年96年そのくらいにあったんです。

■SG たぶん、最後にスキー行ったのが、そのぐらいでしたね。(笑)

■TS その前に辞めたって人も多いんですよね。
「昔やってたんだけど、今のカービングスキーってわからない。」って言われるんですけど、カービングスキーって別のスキーじゃないから、道具が進化しただけですからってね。それから、スキーがもっと自由になって、ハーフパイプとかもスキーで滑れるようになった。
後ろ向きに滑る為にテールも反りあがったツインチップスキーとか、着地するときに幅が広かったら便利とか、そういう道具の進化があった。逆に競技とは別で、自然回帰的な流れもあって、ゲレンデに飽きた人が、なんもない山を自力で登って滑るとか。
僕も時々バックカントリーと言われるエリアへ行きますけど、担いで自分の力で登って、滑ってくる。雪が深いから、細いと沈んじゃうんですよ。
だから、スノーボードを両足に履いてるような凄い太いのとかもあって。

■SG そういう進化って良いですね。

■TS すごく良い。深い雪を滑るのって細いスキーだとなかなか難しくて、上級者しかできなかったんですよ。でも、こういうスキーが出て来て、意外と誰でもフカフカの所が滑れるようになってきたんですよ。それで、新しい快感を得る事ができた人が、凄く増えたと思うんですよ。

■SG 道具の進化が、その人のやりたい事とか、ライフスタイルに合わせる方向であれば良いですね。

■TS 僕もイメージ通りの滑りが中々出来なかった。技量が足りないのはもちろんなんだけど、なんか違うんだろうなと思って、去年道具を変えたんですよ。そしたらね、出来たんですよ。それでもう楽しくなっちゃって、向こう10年これで楽しめるぞって。

■SG 車でいうと、やっぱタイヤですかね。20年前と今とでは、全然違うんで。同じゴルフ2に乗ってても、タイヤが違うから乗っていてより楽しいし、タイムも出る。ゴルフカップのタイムとか、この10年でけっこう上がっているんですよ。もうそこは、ほぼタイヤの進化か、っていうと言いすぎかなぁ。

■TS ゴムの質が違うんですか?

■SG もう、全部違います。設計から全部違うんで。そういう進化は、やっぱり良いですよね。

■TS でも、タイヤも進化しているけど、もちろん車自体も速さって面では、進化していますよね?じゃあ、より速く走る為にゴルフ6とか、今の最新の車に乗り換えるって選択はないんですか?

■SG ないですね。

■TS それは単純に速く走る事が、1番のプライオリティーではない。

■SG 速く走る事を求める事で、楽しくなくなっちゃったら走る意味がなくなっちゃうじゃないですか。それは、以前乗っていたランエボのときに思いましたね。

■TS なるほど。

■SG ランエボは、楽に速く走れるのは気持ち良かったんですけど、ゴルフ2みたいな充実感が無いんですよね。

■TS それはやっぱり、車のほうが先に行くっていう。

■SG そうですね。人間と車とでモータースポーツなんで、なんか、「一緒に」行きたいじゃないですか。自分だけが頑張って速く走らせるのも楽しくないし、車だけが速くて、人間は車の操作役に徹するだけだったらそれもつまらないし。人車一体で、バランスのいい速さと楽しさで行きたいですよ。だから、もっとタイムの出る車ってのは、いっぱいあるんでしょうけど、僕の場合は、得られる速さよりも、失う楽しさの方が大きければ、速さを求める必要もないんですよね。楽しくなくなっちゃったら意味ないですからね。

■TS 僕が、ハーフパイプを最初見た時に、空中でファーって浮いて、こうシューって回ってから下りてきて、カッコイイな、ちょっとやりたいなって思ったんですよ。でも、最近は競技が進みすぎて、ピョンって跳んで、シュシュシュシュシュンって、わかんねえ。今、何回回ったの?5回?6回?みたいな。

■SG (笑)

■TS そんななかでも、スタイルのある人が、今でもファーって浮いてシューって回ってみたいのがあって、あの人カッコイイみたいな人はいるんですよ。

■SG それです。それがいいんです。

■TS その回る間の空気感がかっこよくって、ああ素敵みたいな。

■SG あの、俺サーキットで前はタイムを意識していたんですよね。ゴルフ2最速をとりあえず目指していて、いっとき本当にそうだった時期もあったんで、そこに自分があると思っていたんですけど。最近は、ゴルフ2で一番楽しそうに走るとか、ゴルフ2で一番気持ち良く走るとか、そこら辺に自分の軸がある。だから走っていて、自分が一番楽しいのと、それをスタンドから観ている人が、あいつが一番楽しそうに走ってるなーって、こう俺の車指差して思ってくれるような走り方したいですね。なんか相当近い気がします。

■TS ああ。

■SG だから、やっぱ人車一体感のほうが俺にとっては大事。

■TS そこは、カーブの曲がり方一つとっても、観ていてやっぱりわかるんですか?

■SG あの、一台一台曲がり方が違うんですよ。車の動きが、やっぱ車が楽しそうに走っているかどうかって、こうなんか、車から匂うんですよ。それを、一番匂わせたいんですよ。それが一番匂ってないと、自分のゴルフ2のシーンにおける立ち位置的にも、嘘になると思うんですよね。

■TS その田中延和の走りを観て、ああ、僕もゴルフ2を運転したいな。ああやってサーキットを楽しそうに走りたいなって思うわけじゃないですか。

■SG そういう人が一人でも多くいてくれたら、本当に自分が生きてて良かったなって思うんですよね。

< PM 8:38 >

■SG 今、世の中的には、大きな転機って言われているじゃないですか。

■TS ええ。

■SG この転機で東京スキーヤー的には、世の中に対して伝えたい事とか、伝えたい方法とか、そういうの変わったりとかしてますか?

■TS どうですかね、僕のやっている事とか、テリトリーって、そんなに大きくはないので…

■SG それは、うちの方が小さいですけどね(笑)

■TS そんな、大層な事はないですけど。最終的に自分で決める。自分で判断する。なんでこれが好きなんだとか、なんでここにいるのかとか、なんでここに住んでいるんだとか。流行とかそういう事じゃなくて、自分が良いと思った事を素直にチョイスしていく。ゴルフ2に乗る。雪山で滑る。そういう事に、より一層シンプルに向かう。

■SG そうですね。だったら、一日一日意味のある生活を送りたいと思いますよね。

■TS 僕は、自分が好きでやってきたスキー業界って、これでいいのかなって思っていて。それだったら、もうぶつぶつ言ってないで、何か始めようってのが自分の中にあって、それでやり始めたのが一昨年なんですよ。で、3・11でこういう事になって、より加速したと言うか、もうやりたい事やってないと。そういう気持ちが加速したってのは、あるかもしれないですね。

■SG スキー業界の中で、東京スキーヤーとして、どの辺にどういう存在として、いたいとか、いようとしているんですか?どこになにを投げようとしているのか、興味があるんですよ。俺、スキーあんまりやった事ないから、詳しい事わからないんですけど。

■TS そうですね。スポーツとしてのスキー。オリンピックに出たりとか、ワールドカップで戦ったり。他にレジャーとしてのスキー。年に数回子供と雪遊びに行くとか、そういう人も多いと思うし、凄く良いですよね。その一方で、生活の一部にスキーが組み込まれるというか、そういう所を定着させたいっていう思いがあって。80年代後半から、90年代前半にかけて、スキーブームがきて、『私をスキーに連れてって』もたしか、87年だった気がしますけど。

■SG セリカの頃ですよね(笑)

■TS ええ。そのあたりも含めて前後数年間スキーブームのピークがあって、大学のスキーサークルとかも増えて、毎週スキーに行って、腕前も一端のスキーヤーとして滑れるようになった。
でも、人って取り巻く環境が変わると、ライフスタイルも変化して、今まで当たり前にやって来た事に対してのいわば”障害物”が次々と目の前に現れるわけです。
仕事とか、彼女とか、結婚に子育て、いろいろあって、そっちのほうに時間を取られていく。それももちろんごく当たり前のことだし、すごく大切なことなので全然いいんですが、そうやって一人消えまた一人消え、結局残らない。っで、徐々に「スキーに行かない」ということに何も感じなくなっていく。
今まで好きでやってきたはずのスキーの優先順位は、実は凄く低かったんだと。自分が本当に好きでやり続けてきたのか、ブームだったから何となくやってきたのかというところの差があって、これからは「なんとなく」っていうものはナシだな、って感じています。もちろん僕も「なんとなく」ってのはまだ残念ながらありますが、じきに自然になくなってよりシンプルになっていくと思っています。

■SG 車修理の世界もそうですよね。
彼女ができ、子供できて、好きな車から降りて、「なんとなく」ミニバンとかエコカーとかになっていっちゃうんですよね。

■TS それでも、好きな人って残っていきますもんね。

■SG そうですね。チャイルドシート乗せたゴルフ2多いですもんね、うちのお客さん。本来は、そうならなきゃいけない訳ではないですからね。でも何故か、刷り込まれている部分があるんですよね。子供できたらミニバン乗らなきゃみたいな。

■TS それって本当に自分で決めたの?みたいなのあるじゃないですか。

■SG それはありますね。

■TS ミニバン乗れば、じゃあいいのかって。

■SG 本来その人の中で、ライフスタイルとして定着していれば、彼女、奥さんから理解が得られるだろうし、ひょっとしたら子供も一緒にやりたいってなるかもしれないし。

■TS そうなんですよね。

■SG まあダメならダメで、しょうがないんですけど。でも、そういう方向に向かう確率は、高いはずですよね。

■TS そうですよね。僕の始めた理由も、ひょっとしたらそこにあるのかもしれない。スキーが出来なくなっていく”障害物”をどうやってすり抜けて、生きていけるんだろうみたいな事。東京スキーヤーって活動を始めたから、スキーを辞める訳にはいかない。そういう既成事実を、実は自分で作りたかったのかもしれないな。

■SG (笑)自分を、自分が行きたい方向に持って行くって事ですよね?

■TS うん。プロスキーヤーとかではなく、東京で普通に仕事をしていて、少し不自由な環境にいる中で、どれだけできるのかっていうのが、一番みんなが「自分ごと化」しやすいっていうかね。

■SG それが、一見ミスマッチのような、東京とスキーヤーが一緒になる接点なんですね。

■TS そう、その障害物の象徴が、東京なんだと思うんですよ。そこの対比が東京スキーヤーって名前の面白い所かな。
東京スキーヤーって名前にしようと確信したのが、土曜日の朝5時位の練馬の料金所のところの光景を見たときなんですよ。ゲートを通過して、我先にってものすごいダッシュするんですよ。
その先ね、渋滞してるんですよ。皆わかっているのに、なんか1台でも先に急ごうとする。そういう、満員電車に駆け込む感じだとか、いろいろと東京で見かける「極めて東京的な風景」が、練馬の料金所にもあったんですよね。
やっぱりスキーに行くにしても、「東京」なんだなって。なんかそれが悲しくもあり、それでも雪山に向かう姿は、けっこう可愛いくて、そういう所から、東京スキーヤーって思ったんですよね。べつに東京に住んでいる人を指すものでもなくて、その象徴として、東京スキーヤーなんですよね。

■SG まあ、ある意味雪山に1番遠い所って部分ですか。

■TS 現代的日常の象徴と言った所ですかね。

< PM 9:30 >

■TS やっぱりね、これだと思うんですよ。

■SG ルノーサンクですね。

■TS これもう、楽しいですよね。こういうシール一枚とっても、良さがここにあったんですよね。

■SG そういうの感じますよね。世の中の仕組みが進化しすぎて失ったものを、今取り戻そうとしているから、車もそうなると良いなって思いますね。

■TS そう思って、やり続ける熱意と愛情を持った人が、その業界に何人いるかってのはけっこう重要で、僕は田中さんもその一人だと思っているし、その先頭で旗を振ってる人であると思うんですよね。だから僕もスキー業界に対して、その熱意と愛情をもって、良いと思う事を伝えて行きたいと思います。

■SG 凄く大事な事ですよね。

■TS 最終的に、そういう熱意と愛情を。

■SG 熱意と愛情。

■TS 対象に対して、どれだけそういう気持をもってるかっていう度合いで、人ってどんどん繋がって行くじゃないですか。

■SG そうですよね。

■TS 「類は友を呼ぶ」と言うか。

■SG うちのお客さん達見てても、そういう人多いんですよ。

■TS やっぱりそうですか?

■SG 熱意と愛情持っている人が、たくさんいます。

< PM 10:09 >

■SG スキーって一筆書きですよね。

■TS ええ。その一筆は、滑り手の人生そのものですから。

(END)

文章と写真 Mr.AG

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