ダイジェスト Vol.9
「マウンテンバイクに乗る人は、純粋にライディングを楽しまれる方が多いのが特徴ですね!」 笑顔で語るのは、『マウンテンバイクショップ オオタケ』の代表を務める大竹雅一さん。 氏曰く、「マウンテンバイクは道を選ばない。 だからどこでも走ることができる。 そこが、マウンテンバイクの大きな魅力だけれども、逆にどこでも走れてしまうから本当の使い方、楽しみ方がわからない人も多い」という。
「子供を野球場に連れて行けば野球をするでしょう!? サッカー場ならサッカー。 だけど、最近の子供達って屋外での遊びに慣れていないのか、だだっ広い原っぱとかに連れてくと、何して遊んでいいのかわかんなくなっちゃう。 遊び方を知らないんですね。 マウンテンバイクもそれと一緒。 こんなところ走れるの! っていうところでも、ズンズン入って行けちゃう。 上手い人の後ろをついて走ると、そんなに攻め込めるのか! ってくらい激しい走りもできるんですよ。 そして、本当はそういう走り方をしているときが一番マウンテンバイクに乗っていて楽しいと思える瞬間なんですね」
今、自転車は空前の大ブームを迎えている。それも、他の移動手段があるのに、あえて自転車を選択する人が急増しているのだ。かくいう私もその例に漏れず、邪道ではあるが折りたたみの自転車をセカセカといじくって、クルマのトランクに積んで意味もなく走り回っている口なのだが……。
「自転車ブームっていっても、それはロード系がメインなんですね。マウンテンバイク乗りは減っているかも知れない。他にもピストバイクだとか、BMXなんかも人気があるみたいだけど、こっちはファッション的というか、カルチャー的な要素も含んでますね」ふ~む。マウンテンバイクに乗っている人を良く見かける気がするけれど……。
「自転車人口が増えているということは、素直に嬉しいですね。 でも、今ブームにのって自転車に乗っている人って、本当に走ることを楽しんでいるのかどうかが疑わしい気がするんですよ。 だって、メタボリック診断にひっかかってランニングは辛いから自転車に乗ろうとか、健康のためだとか、はたまた昨年のガソリン価格の急騰を受けて自転車に変えたっていう人が多い。 でも、それだけの動機じゃ実は自転車を漕ぐのって結構辛いじゃない!? まして、ロード系のバイクでスピードを追求するなんていったら、それこそホントにしんどいですよ。 で、しんどくって辛くってあまり楽しくないんじゃ長続きはしないでしょ。 だから、そのうち乗らなくなっちゃうか、他の自転車に乗り換える人も出てくると思ってます。 100人いるライダーのうちの1人でもマウンテンバイクに興味を持ってくれると嬉しいですね」
大竹さんは、マウンテンバイクをメインにジャンルを問わず、あらゆる自転車の販売や、メンテナンス、チューニングを手広くやっておられる。
「ビジネス書なんかみるとさ、時流に乗ることこそ、商売の基本みたいに書いてあるじゃない!? だから、やっぱりロード系もやった方がいいのかなとか思うんだけど、僕は一度決めたらフラフラしたらいけないと思うんだよね。 だから、今年は初心に戻ってマウンテンバイク一筋でいこうかな!? なんて思っているんだよね。 そう考えると、ゴルフのそれもⅡだけに的を絞っているスピニングガレージってスゴイよね」
サラッと語る大竹さんではあるけれど、実は自転車業界では相当の、いやもの凄いビッグネームで、数々の伝説をお持ちの実力派なのである。 お客さんは全国各地から大竹さんを指名して来るみたいだ。 そういう神格化した存在でありながら、商売のことを考えたりしているところが興味深いのだが、でも実際のお店の在り方はちょっと変わっているかも知れない。
大竹さんのお客さんに対する真摯な姿勢は尊敬に値するものがある。 お客さんのことをまず第一に考えている、それは商売をする上での大前提ではあるのだけれども、大竹さんの場合、己のポリシーが貫き通されている。 商売的に考えるとまったく割に合わないことも、お客さんの要望と自分の考えが合致すればスンナリと引き受けてくれる。 手間ばかりかかってお金にならないようなオーダーがメンテナンスやチューニングの3割近くを占めると苦笑しながらも、大竹さんの表情は明るい。 その上、お客さんにとってメリットのないオーダーは、例え商売的にオイシクても、お客さんを説得して止めさせてしまうことすらある。 お客さんのためならオイシイ商売でもあえて断る、こういった決断は相当のノウハウと自信がなければできないはずだ。
聞けば、お客さんの乗ってきたバイクを見れば大体のライディングスタイルは見当がつくという。 タイヤの減り方や、グリップに付いた手の形、ペダルの擦れ方、あらゆるところから情報を収集していけば自ずとわかるのだそうだ。 更に、サスやディスクブレーキをオーバーホールすれば、熱の入り方までわかるので、どの程度激しい乗り方をするオーナーなのかまで判断できるらしい。 車体からライディングスタイルの見当をつけ、その上で大竹さんはお客さんとじっくりと話しを詰める。 乗り手がどうしたいのか? どういうモノを望んでいるのか? そこを丁寧に探っていく。 そうすることで、お客さんの要望に的確に応えられるばかりか、大竹さんのなかで乗り手の好みや傾向といったデータベースが蓄積していく。 この経験値があるからこそ、個々のお客さんにとって何が一番大切なのかを見極めることができるのだ。 事実、大竹さんご本人も沢山の人達との出会いは自分の財産になると断言しておられた。 餅は餅屋。 プロには、すべてを打ち明けて任せた方が幸せな未来が開けるのだ。
「商売的なことを言えば、今はインターネットがあるからお店の立地条件っていうのはあまり問われなくなってきたんです。 ネットで情報が伝達できるから、本当にうちに来たいっていう人は東京からでも、それこそもっと遠方からでも来店してくれる。 イナカのショップでも都内のショップと同等に商売ができる。 そんな背景があるからショップをあえて今の場所に移したんですね。 山に走りに行くのが便利で、そこそこ遠方からのアクセスもいいっていう条件でここにしました。 それも、場所を決めたのは、地図を見て決めた。 高速道路と電車の駅、それと山に近いっていう条件で地図を見て。 この中途半端なイナカ加減は非常にいいですよ。 趣味で畑もやれますしね。 お客さんも地元の方が主体で、時々東京とかからの方も来て下さってバランスがいい」
「マウンテンバイクはタイヤの持てるグリップの限界付近を使って走ると、ものすごく楽しい乗り物なんだよね。 オンロードでは、タイヤのグリップ限界を超えてしまうと即転倒につながっちゃうんだけど、オフロードではタイヤをズリズリ滑らせながら走れるんだね。 子供の頃、ブレーキ使ってリアタイヤをロックさせてドリフトさせるみたいにギュンって自転車の向きを変えて楽しんだことない? あれをさ、うまくなるとブレーキを使わずにやれるようになるわけ。 タイヤを滑らせるような走り方って、毎回上手に狙い通りにはいかないんだけど、これがキレイに決まるとものすごく気持ちよくって楽しい。 マウンテンバイクに乗る醍醐味を味わえるんだよね」
「ロードレーサーに比べればタイヤを滑らせるのは実は簡単なの。 速い速度でエイってコーナーに入っちゃえばできちゃう。 広いところでやれば、危なくないしコツも掴みやすいよね」
「あと、マウンテンバイクならではの楽しみ方は、岩や木の根っこが飛び出ているような林道を走りながら、どうやって障害物を避けてコーナーをクリアするかっていうプロセス、ライン取りを瞬時に判断してオフロードを攻略していくところだね。 うまくなってくると、障害物を利用してジャンプしてみたりだとか、走り方ってまったく決まってなくて、自分流にいくらでも組み立てられるんだよね。 だから、上級者の後ろを走っているとビックリするような走り方をする人もいて、それを見ると更に遊び方の幅が広がる。 遊び方、乗り方が決まっていない、そこがおもしろいところなんだけど、おもしろさを理解してもらうには逆に難しいところでもあるのかな。 同じ道を走るにしても、人それぞれで限界の速度も違うしね。 目から入ってくる情報をドンドン処理してラインを組み立てていくんだけど、速度が上がるとそれが追いつかなくなっちゃってとっちらかっちゃうこともあるし。 安全性を考えると、自分の限界の範囲内で遊ぶっていうのが鉄則なんだけど、困ったことにスピードを出すともっと楽しくなっちゃうんだよね。 楽しさでいえば、スノーボードとかサーフィンに近いかな」
「人によっては幅が20~30cmしかない細い道で、片側が崖になっているようなところを走ることもある。 そんなところで、不意にブレーキがロックしちゃったなんていったら冗談じゃすまないでしょう!? だから、メンテナンスとか、コントロール性を追求するようなチューニングっていうのが非常に重要になってくるんですよ。 パーツの信頼性ももちろん問われる。 僕がサポートしているお客さんが、そういう環境でマウンテンバイクを使うということを考えると、チューニングやセッティングの重要性が身にしみてわかるんです。 だからこそ、こちらも一歩踏み込んでアドバイスもするし、車両の作り方にも神経を遣うんです」
自転車は人力という小さなパワーで走らせる乗り物。 セッティングいかんで効率が大きく左右されそうだ。
「実際に自転車におけるパワーロスっていうのは、そんなに大きくないんです。 転がり抵抗や駆動系などの抵抗はそれほど大きくはない。 一番大きいのは、空気抵抗。 だから、セッティングとかチューンナップでその差を確実に感じ取れるかというと、大半の人はわからないという位のレベルの話ですね。 それよりは、パーツを交換してやるとコレは歴然とした差が生まれるんです。 自転車をストックの状態のまま乗る人が少ないのはそういう理由からですね。 マウンテンバイクで言えば、フレームの剛性を上げたり、サスペンションを変更したりすることで、ペダルを踏んだ力が駆動力に変わってグッと前進する感じがかなりアップします。 ただし、どこか一カ所だけ良いパーツを使っても、その性能は引き出せない。 トータルバランスが大切で、全体のパーツが相互に作用し合ってそれぞれのポテンシャルをマックスまで引き出すことができるようになるんです。 といっても、『楽』と『速さ』は両立しませんよ」
やっぱりいくら改造をしても登りはキツイっていうことですか?
「そう、登りはしんどいね。 でも、下りはスピードも自由に乗せられるし、ペダルを漕がなくてもいい分、純粋に自転車との対話が楽しめる。 積極的に自転車を乗りこなそうとすればするほど、自転車の色んなことがわかってくる。
それで、じゃあ次はタイヤをもっとグリップするものにしてみようとか、他のパーツも替えてみようって思うようになってくる。 そうすると更にスピードが上がって、またパーツに対する要求が厳しくなる。 そんなこんなで堂々巡りして、最終的には自転車を替えちゃった、なんてパターンもありますね。 だけど、ロード系と違ってマウンテンバイクは速さを追求するんじゃなくて走りを楽しむものだから、乗り手の感性が主役なんですよ。 そういう意味では、チューニングを繰り返すのも、自転車を乗り換えるのもそれまた楽しみのひとつなんです。 『走る』楽しみと『カスタマイズ』の楽しみ、その両方を味わえるんです。 僕の仕事は、こうした方が楽しいっていうバイクを作ってあげることなんですね」
ラフロードでスピードを出す、ドキドキのスリル感が味わえそうだ。
「怖さじゃなくて、スリル。 これがおもしろい。 怖くなっちゃうと、腰が後ろに引けてしまうんです。 そうすると、自転車ってバランスで走る乗り物だから、走りがドンドン乱れていっちゃう。 自転車の重量なんてせいぜい12キロ位で、そこに70キロ位の人間が乗るわけですから、乗り物全体のバランスは人間の乗り方いかんでガラッと変わるもんなんです。 後ろに体重が移ってしまうと、前輪に荷重がかからなくなっちゃうから、コーナーで曲がりにくくなる。 だから、適正なバランス位置を保って、適度にスリルを味わうような範疇で乗るのが一番楽しいわけですよ。 スパッとコーナーを曲がれたら気持ちいいですからね」
本格的に自転車に乗る人は、一日で走った距離とか記録してますよね。 今日も沢山走ったからビールが旨い! みたいな。 マウンテンバイクで林道とか山道まで走って、それでまたオフロードを走るのって辛くないんですか?
「アハハ! 走行距離を気にするのはロードバイクに乗っている人ですね。 マウンテンバイクに乗る人は、山のふもとまではクルマで行く人が多いですから。 自転車だけで移動する場合も、いかに舗装路を走らなくて済むかっていうルートを一生懸命探すんですよ。 マウンテンバイクは、走りを楽しむためのツールですから、道中はどうでもいいんです。 山さえ楽しく走れれば。 だから、もっぱら移動はクルマっていうふうになるんですね」
なるほど。 ホントにスノボーとかサーフィンに近い遊び方ですね。 確かに、散々山道を走ったあとに、そのまま自転車で帰ってくることを想像しただけでちょっと嫌になりますね。
「そうそう。 でも、走りの楽しみ方を知っている人達ですから、うちのお客さんは移動のクルマも楽しくないと嫌だって言ってVWやBMWなどのヨーロッパ車、それもMT車に乗っている人が多いんです。 僕も同じ理由でゴルフⅡに乗っているわけですけど」
しかし、何故ゆえにゴルフⅡなんでしょうか?
「ゴルフⅡは最高ですよ。 キッカケは、仕事でオランダに行ったときにレンタカーでジェッタの2ドア、MTっていうクルマに乗ったことですね。 スゲ~運転が楽しい! それが第一印象です。 こういうクルマがあるのか! って感激してスイスの峠道を攻めたりしちゃって。 実際に、コンパクトカーでここまでしっかりと作り込まれているクルマってそうそう無いでしょ。 若い頃は、サニーとかスターレットを改造して走り仕様にして乗り回していたわけですよ。 今で言う走り屋みたいなもんですね。 パワーのないスターレットで、下り坂でランサー・ターボを追っかけて喜んでいましたから」
基本的に走ることがお好きなんですね。 しかし、走り屋を自称する方には、ゴルフⅡはちょっと物足りないんでは?
「見た目がいかにもスポーツカーっていうのはイヤなんです。 外見はフルノーマルの普通のクルマで、オジサンが乗ってるのに速いっていうのがいい。 ゴルフⅡは、走りそのものが楽しい上に、ワインディングを走ると速いんですよ。 コーナーを攻めたときも、クルマ全体から伝わってくるフィーリングが気持ちいい。 現代のクルマは、静かでもっと安楽でより速いですけど、楽しくはない。 そこが大きな違いですよね。 ゴルフⅡは、チンタラ走っていても楽しいし、攻め込めばもっと楽しい。 完全に移動と割り切って空港まで向かっているだけでも、ワクワクできるんです。 趣味のクルマであり、実用のクルマであることも重要です。 リアシートを倒せば自転車が3台積めますから、実用性に不満は無し。 それに、いくら走りが楽しくても、乗り味がハードすぎるのはダメなんです。 山道をガンガン自転車で走ったあとに、ガチガチの足のクルマで帰るのは辛いですからね。 僕自身の好みとしても、足はストロークがタップリある方がいい。 それと、エンジンをチューニングして、そのせいで乗りにくかったりするのもNGですね」
普通、サイクルショップの店主っていうと、自転車を十数台所有しているなんて方は珍しくないんですね。 でも、僕は現在所有している自転車は3台だけ。 しかも、その内の1台の稼働率が9割を超えているんです。 つまり、1台で近所の散歩からダウンヒルに至るまで、ほぼすべての走りをカバーしているわけなんです。 僕は、クルマについても同じことを求めていて、例えば速さだけを追い求めるのであれば、スポーツカーがいいに決まってるじゃないですか。 でも、仮に複数台のクルマを所有できる環境であったとしても、スポーツカーじゃダメなんです。 速いクルマは常に速く走ることを強要している感じがして。 スポーツカーに乗って出かけても、流して走りたい気分のときもあるでしょう!? 大きな荷物を積む機会や、運転をしたくないけど仕事で仕方なくクルマに乗るときだってある。 そういったシチュエーションの違いはクルマを使い分ければ解決するかもしれないけど、ドライバーの感情はそのときどきで揺れ動くもの。 速く走りたかったり、中速で快適に移動しかったり、流してみたかったり。 そのときの気分は、様々に変わる。 ゴルフⅡは、使うシチュエーションを選ばないばかりか、その瞬間瞬間でどんな走りを要求しても、僕の意志に忠実に応えてくれるんです。 機械なのに、いつも主人に寄り添う犬のようなところがあるんです」
「ゴルフⅡは、大竹さんにとってハートが触れ合える存在なんですね。
「ええ、しかも絶対的なパワーはたかが知れているけど、ゴルフⅡは十分速いと思いますね。 今まで山道で悔しい思いをしたこともないですし。 とにかく足がいいんだと思います。 今は、コニのショックにアイバッハのスプリング、ニュースピードのスタビを組んでますが、クルマは本業じゃないのでその辺の設定はスピニングガレージにお任せしてます。 最近は、ちょっと足が固いかなって気がしてきましたけど。 自転車と同じですけど、僕は『イジクリ系』じゃなくて『走り系』なので細かいことは全部スピニング任せです。 年をとって体がガタガタになって自転車に乗れなくなったら、その時は存分にクルマいじりをしてみたいとは思ってますけどね。 エンジンルームをビカビカに仕上げて、モールとかも全部キレイにして最高のコンディションで乗ってみたい」
「あと、ゴルフⅡはカッコも素晴らしく良いよね。 四角いデザインがいい。 それと丸いライトね。 Ⅲになると僕的にはダメ。 やっぱりⅡのデザインがいいんですね。 とくに、後ろ斜め45°から見たところが最高にいい。 Cピラーの存在感がいいのかな。 個性がありながら、現代でも十分に通用する普遍的なスタイル。 これこそプロダクトデザインの究極だと思う。 個性的な雰囲気を持つという点では、ビートルとか、オールドのミニっていう選択肢もあるのかもしれないけど、さすがに機械的に古すぎて気軽に使えないし、実用性も低いじゃない。 ゴルフⅡは、脆弱さはまったく無いからガンガン使えて、気軽に普段使いができる。 用途に合わせて使い方をかえることができるだけの懐の深さも持っているし、多面性があるよね。 パーツを変えるとクルマがガラッと雰囲気を変える辺りも自転車的で好感が持てるんだよね」
自転車とクルマ。 対象が変わっても大竹さんの判断基準は『楽しさ』にあるようだ。
「今は、一生乗れるような自転車を求めているお客さんが多い。 これは、僕がゴルフⅡのような相棒を持つことと同じ感覚なんだと思っています。 つまり、絶対的な性能だとかトレンドだとか、そういった時流に左右される要素を求めているのではなく、もっとツールとしての本質の部分を重視して自転車を選びたい、そういうニーズが増えているんですね。 メーカーもそれを察知して、ネオ・レトロのモデルだとか、復刻モデルをリリースしていますが、それはやっぱりファッション的な要素が強くて本質をついているわけではない。 本当に自転車趣味を楽しみたい人達は、10年、20年たっても満足感を与えてくれる自転車を求めているんですね。 クルマで言えばゴルフⅡのような」
変わらない価値観ということですね。
「自転車の世界において時代の最先端をいっているのはカーボンを使ったフレームです。 だけど、フレームがカーボンに変わってから、各自転車メーカーでフレームワーク的な技術の差がでなくなった。 カーボンでフレームを作るのであれば溶接がいらない。 溶接の技術は必要ないんです。 しかも、フレーム形状の自由度も増した。 別にカーボンで作るなら、フレームはパイプみたいな丸断面でなくてもいいんです。 力の加わる箇所を重点的に、局部的な強度を上げたりとかもできる。 フレームの製造も型に材料を流し込むだけ。 簡単に作れるわけです。 だから、メーカーは焦りますよね。 だって、今まで培ってきたノウハウは必要じゃなくなってしまったんですから。 それで、次のステップをこぞって模索しだした。 その結果、パーツの規格が乱立するようになってしまったんです。 今までは、自転車のパーツの規格はほとんど統一されているような状態だった。 それがフレームごとにまったく異なるパーツを使うケースが増えたということです。 だから、気軽に車体を乗り換えることができなくなってしまった。 だって、今まで使っていたパーツが流用できないわけですから」
「しかも、自転車メーカーは新しいトレンドをどんどん創り出す。 大きくて資金力のあるメーカーは、大枚をはたいてツールドフランスに出場するような有名選手を雇って彼らに自社ブランドのバイクを提供する。 もはや、自転車自体のスペックよりプロモーション力の方が販売に大きく影響するような状況になってるんです。 そうやって、無理矢理、強引にプロダクトの商品価値を付加していった結果、純粋に自転車を楽しみたいという多くのユーザーが疲れてしまった。 トレンドを追いかけていくと、それはもう、ものすごい時間とお金が必要になってしまう、そういう現状について行けなくなってしまうんですね。 そりゃそうですよ、だってプロの選手じゃないんですから時間にもお金にも限りがあるでしょう。 やっとのことで苦労して手に入れた最新のバイクが、それこそあっという間に旧モデルになって古くさく見えてしまうんですから。 これじゃ、やり切れないですよ」
工業製品の開発の場にコンピューターが登場してから、プロダクトの進化するスピードが急激に速まり、それと同時に世界的に画一化の波が押し寄せている。 メーカーは自社製品の商品力を上げるために、様々な手段を用いる。 ひと昔前のように『良い物』が『売れる物』ではなくなった。 緻密なマーケティングリサーチ、巧みなプロモーション、他を寄せ付けないブランド力、斬新なデザイン。 そういった付加価値が、商売上の勝敗をわける大きなファクターになっている。
だが、そういった付加価値はプロダクトの本質とはかけ離れたところにある場合が多い。 『死角のない』、『全部のせ』された商品は、どんどん個性を失う。 トレンドを追いかけた商品は必ず廃れる。 トレンドは人為的に創出されるものだから当然だ。 対照的に物事の本質を見抜き、成功を収めた商品というのは、『割り切り』が巧みだ。 目的が定まっているから、それに見合わない要素は潔く捨てている。
それはゴルフⅡを考えてもらえばわかりやすい。 シンプルな直線を基調としたデザインには、人に媚びるような無駄な装飾は一切無い。 だから、時代に左右されにくい。 逆に、デザインを優先して作られているわけでも無い。 格好良さを狙うなら、前後左右のウインドーはもっと寝かされてもいいはずだし、そもそも車高をもっと低く抑えたはずだ。 じゃあ、狙い所はどこなのかといえば、ツールとしての自動車の実用性を最重要項目に据えて開発されているに違いない。 人とラゲッジを目的地まで不満無く移動させること、それが目的だったはずだ。
落としどころが明確だからこそ、余計な付加価値は一刀両断されている。 パワフルなエンジンはいらない。 その代わり、コンパクトでトルクフルなエンジンが与えられている。 足回りだって、スポーツカーではないから、省スペースなサスペンション機構だ。 分厚いクッションを与えられたシートの仕上がりは素晴らしいけど、高級車じゃないから見た目はあっさりとシンプル。 インパネまわりも、使い勝手を考え、スイッチ類を目線に近い高めの位置に集中させた上で、場所を取らないように直線でデザインしている。 居住空間を広く取るためにウインドーは立たせ、前後方向のゆとりをもたせるために着座位置は高く設定されている。 分厚いクッションのシートの上に、背もたれを起こし気味に人を座らせるために車高はじゃっかん高めだ。 素直なハンドリング、安定感のある走行性、フラットな乗り心地、ゴルフⅡは自動車作りの基本に忠実に従ったクルマだ。 だからこそ、時代に左右されず、今なお不変の価値観を見いだすことが可能なのだろう。
取材中に大竹さんの口から何度も聞かれた『楽しい』という言葉。 『楽しさ』の定義は非常に難しいけれど、『楽しさ』も不変の価値観だ。 マウンテンバイクの『楽しさ』、ゴルフⅡの『楽しさ』、趣味で始めたという畑仕事の『楽しさ』、何でも木工で自作するという『楽しさ』、大竹さんの生活は『楽しい』で溢れている。 大竹さんの仕事は、人によって異なる『楽しさ』をカタチに変えることだ。 『楽しさ』の神髄を理解している人が作り上げる自転車は、やはり『楽しさ』に溢れているのだろう。 大竹さんのお話しも非常に『楽しい』し、お店も『楽し』そうだ。 同じゴルフⅡに乗る人なら、きっと大竹さんの価値観に相通ずるところを発見できたに違いない。